容赦なく照りつける真夏の太陽。
お母さんに言われて、柄にもなくUVカットのクリームをつけてはきたけど、そんなUV対策なんて意味なくない?と思えるほど強烈な紫外線のシャワー。
「あ、でも暑いのは確か赤外線のせい…だっけ?」
こないだ習った、半ばどうでもいい知識を朦朧(もうろう)としながら思い出す。
「ううっ〜、こんなに外が暑いの知ってたら、外出なんかしなかったのにぃ‥‥」

そう思いつつ街に繰り出してしまった私には、実はある目的があったからだ。

(長い間お世話になった“館”のお掃除をしなきゃね)

“館”というのは、最優秀執事を選ぶ『執事選抜』が行われた時、私が『お嬢様役』として実際に生活をしていた、“お嬢様専用の寮”のことだ。
驚いたことに、学園の敷地内に立派な大豪邸があったりする。私も最初は映画のセットか何かなんだろうと、思ったくらいだった。
(明日鬼のように掃除するんだもんね。“お嬢様”だった間は、みんな私にそんなことさせてくれなかったし)
(1人でピカピカにして、みんなを驚かせてやるんだから!)

ピカピカになった“館”を見て驚く執事たちの顔を想像しながら、私は人ごみの中で1人、怪しげにニンマリしていた。

「よう、気持ち悪い顔して何してんだよ?」
「そうなんですよ、気持ち悪い顔で‥‥って、ちょっと!!」
振り返った先にいたのは、八坂恭耶(やさか きょうや)くんだった。
気取らず気さくで、私たちに近い感じなのに、本当に何でもそつなくハイレベルでこなしちゃう『天才執事』。
彼が努力してるところなんか見たことがない。

「あーよかった。ひょっとしたらこの暑さで頭がイカレちゃったのかと、少し心配しちゃったじゃん」
「そ、それはさすがに‥‥」
「そりゃどうかな? どれ」

言いながら恭耶くんは、私のおでこに手のひらを当てる。
ほんのり汗を掻いているおでこをふいに触られ、恥ずかしいやら照れくさいやら。
だけど、少しひんやりした感覚がどこか懐かしい。
「‥‥やっぱ熱くない?」
「な、夏なんですっ! 猛暑なんですっ!!」

必死でごまかそうとする私に、『わかってるって』と言わんばかりの微笑みを返してくる恭耶くん。
「もう、意地悪なんだから‥‥」
ほんの少し頬を膨らませ、いじけて見せた。
でも、よく考えたらこんな場所で執事姿じゃない恭耶くんに会うなんて、すごく珍しいことだ。
私は話の流れを変えようと、恭耶くんに質問をした。
「それにしても、こんなところで私服の恭耶くんと会うなんて珍しいよね?」
「‥‥まぁ確かに。@名前@の方こそ、今頃補習の嵐だと思ってんだけど?」
「うっ、‥‥それは言わないお約束‥‥。でも、休みはちゃんともらってるよ」
「そうなんだ。ならよかった」
「けど、しっかり勉強はしとかないとな。また斯波の旦那たちが目を吊り上げながら、『こんなこともわからんのか?』って嫌味言ってくるからな」
身振り手振りまで加え、斯波先輩のモノマネをしながら恭耶くんが言う。

「うふふ、ちょっぴり似てるかも」
「えー、ちょっぴりかよ!? 俺としてはかなりの自信作だったんだけど」
そう言いながら、胸元から懐中時計を覗かせた。

「‥‥おっといけね。じゃ、俺このあとバイトなんで、またな」
「ええっ、そうなの?」

慌てて恭耶くんが走り去っていった。
(執事見習いがアルバイトって凄いなぁ‥‥。何のバイトしてるんだろう?)
(そういえば、初めて恭耶くんに会った時も、確か街中でぶつかりかかって、その時に『これからバイトだから』って慌ててたんだっけ)

きっと、あのお坊ちゃん、お嬢さん学校である国士院学園の生徒でバイトしてるのは、恭耶くんだけだと思う。
もしかすると、学園史上、後にも先にも彼だけかもしれない。

「さて、じゃ私もさっさと買い物済ませて、涼しい部屋に帰ろうっと」
ちょっぴり嬉しい気分になりながら、私は目的のお店に向かったのだった。









「なんとか、全部買えたかなぁ」
100円均一の袋を抱えながら、私は満足気に店を出た。
「うわっ、眩しい‥‥融(と)ける‥‥」
買い物ですっかり忘れていたけれど、またしてもうだるような暑さに襲われてしまった。
(私の人生はこんなところで終わるのだろうか‥‥)
と、諦めかけた瞬間、天の助けかお恵みか、目の前にまるでオアシスのようなオープンカフェテラスが!
それが私に『休憩していきなさい』と優しく微笑みかけているではないか。

私は迷うことなくお店に入った。
幸いにも、荷物が多かった私は、風通しの良い外の広いテーブルに案内された。
(わっ、涼しい‥‥)

水が打ってあったり植物がたくさん置いてあるせいか、屋外だというのにとても涼しい。そして何よりも、まるで海外のようなこのオープンな感じが、最高に心地よかった。
(太陽に当たらないだけでこんなに違うんだ‥‥)
と、少し感動していると。

『お嬢様、お水とメニューをお持ちいたしました』
「はい、ありがとうございます。‥‥ん、お嬢様?」

随分と丁寧な店員さんがいるお店だなぁと感心していたら、
『お飲み物は、ブルーマウンテンブレンドのコーヒーフロートでよろしいでしょうか?』

その聞き覚えのある声。
私の好みと、本当に今欲しいものを熟知している計算されたオーダー。
今日会うのはこれで2回目だ。

「恭耶くん!!」
「本日はいらっしゃるのではないかと、なぜか直感しておりました」
恭しく頭を下げる恭耶くん。
いつもの執事の恭耶くんだ。
1時間ほど前に意地悪をした彼とは別人だけど同じ人。

そんな恭耶くんと私を見て、周りにいた他のお客さんたちが羨望の眼差しで目を向け、声を漏らす。
『あの店員さんカッコ良くない?』
『ひょっとして、国士院の生徒じゃないの? だったらすごーい!』
『ということは、あの“お嬢様”って呼ばれてる子は‥‥』

恭耶くんの一挙手一投足にみんなの視線が注目する。
流れるような芸術的な所作に、まるで何かのパフォーマンスでも見ているかのようなどよめき。

私は周りをきょろきょろと見ながら、遠慮がちに話しかけた。

「きょ、恭耶くんのバイト先って、このお店だったんだ?」
「そうだよ? あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてないよぉ〜。もし聞いてたら(恥ずかしくて)来れないって」
「何がそれほど恥ずかしいのですか、お嬢様?」

恭耶くんはわざと耳元で囁くように言う。
次の瞬間、また黄色い声がテラスのあちらこちらで聞こえてきた。
その反応を見た恭耶くんは、さらに小さな声で囁いた。
「もう少し、サービスしとこうか?」
「けけけっ、結構ですっ!」

「そりゃ残念」
「けど、安心しろよ。明日の大掃除はちゃんと手伝ってやるからさ」

そう言いながら、私の足元にあった100均の袋を指差した。

「あっ‥‥」

「@名前@が考えてることくらい、わかるって」
「な?」

次々起こる恭耶くんのマジックに、私の涼しかったオープンテラスが、灼熱のテラスに変わったことは言うまでもない。